ホテル一井<公式HP>草津温泉の旅館なら湯畑を見渡せる部屋がある老舗宿
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一井の歴史

一井の歴史

一番井の一井

歴史を語る湯宿…

ホテル一井は草津温泉のシンボルである湯畑前にかまえる湯宿です。湯畑からは毎分4600リットルの湯が湧出。硫黄の香りと湯けむりとともに、湯脈つきることなく温泉が流れています。

草津温泉の湯畑に刻を紬いで、江戸時代の創業より三百余年。一番井戸の一井、と親しまれ、古くから変わらぬおもてなしの心と「一番」の「一」の心意気を伝えてまいりました。

明治の外国人に愛された草津 一井

(左)ベルツ博士 (右)スクリバ博士 明治24年夏、一井にて(クリックで拡大)

(左)ベルツ博士 (右)スクリバ博士 明治24年夏、一井にて

「サライ」より(クリックで拡大)

「サライ」より

明治9年政府の招きで来日し、東大医学部の前身である東京医学校で26年間、生理病理、内科、婦人科の教壇に立ち、日本医学のために多大な貢献をしたベルツ博士 Erwin Von Balz(1849年1月13日生まれ)。

ベルツ博士は明治11年頃より草津温泉に数回訪れ、温泉を分析し、正しい入浴法を指導すると共に「草津は高原の保養地として最も適地である。草津には優れた温泉のほか、日本でも最上の山と空気と全く理想的な飲料水がある。こんな土地がもしヨーロッパにあったらどんなににぎわうだろう」と称え、世界無比の高原温泉でありことを世界に紹介し、日本の草津を世界水準に引き上げてくれました。

これに対し草津町では昭和9年西の河原にベルツ博士の顕彰碑を建立し、博士の生地であるビーティッヒハイム・ビッシンゲン市と姉妹提携を結びました。

一井の歴史

明治時代の一井旅館全景~湯畑より望む (クリックで拡大)

明治時代の一井旅館全景~湯畑より望む

一井年賀はがき(明治時代~大正時代) (クリックで拡大)

一井年賀はがき(明治時代~大正時代)

一井はがき(昭和初期) (クリックで拡大)

一井はがき(昭和初期)

一井善三郎邸宅図(江戸末期) 明治三十四年発行 (クリックで拡大)

一井善三郎邸宅図(江戸末期) 明治三十四年発行

人力車料金表 明治三十四年発行 (クリックで拡大)

人力車料金表 明治三十四年発行