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明治の外国人に愛された 草津 ホテル一井
日本が世界に向けて開かれた明治時代。このアジアの東端の小さな島国に興味ひかれ、訪れた西洋人も多かった。彼らが好んだ宿を辿っていくと、異国の旅人を魅了した明治の宿の、心尽くしのおもてなしがあった。「サライ」より抜粋
資料館Ⅰ
ベルツ博士 Erwin Von Balz(1849年1月13日生まれ)
明治9年政府の招きで来日し、東大医学部の前身である東京医学校で26年間、生理病理、内科、婦人科の教壇に立ち、日本医学のために多大な貢献をした人です。ベルツ博士は明治11年頃より草津温泉に数回訪れ、温泉を分析し、正しい入浴法を指導すると共に「草津は高原の保養地として最も適地である。草津には優れた温泉のほか、日本でも最上の山と空気と全く理想的な飲料水がある。こんな土地がもしヨーロッパにあったらどんなににぎわうだろう」と称え、世界無比の高原温泉でありことを世界に紹介し、日本の草津を世界水準に引き上げてくれました。
これに対し草津町では昭和9年西の河原にベルツ博士の顕彰碑を建立し、博士の生地であるビーティッヒハイム・ビッシンゲン市と姉妹提携を結びました。


























